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東京高等裁判所 昭和44年(う)1269号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し、この判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

〈前略〉

一本件控訴の範囲

原判決は一部有罪、一部免訴の判決であり、本件では検察官および弁護人らの双方から控訴が申し立てられているところ、検察官の控訴申立書では部分を限つていないので、原判決の全部に対して控訴をしたものとみなされるが(刑事訴訟法第三五七条後段)、免訴の判決に対しては被告人より控訴はできないこと(最高裁昭和二三年五月二六日大法廷判決・集二巻六号五二九頁)および弁護人らの控訴申立書の記載よりして、弁護人らの控訴は唯だ原判決中の有罪部分に対してなされたものと解される。

二論旨に対する判断

検察官の控訴趣意は、本件公訴事実は、被告人は公安委員会の運転免許を受けないで、別表記載のとおり、同記載の日時に、前後一〇五回に亘り、東京都内一円等で同記載の事業用普通乗用自動車を運転したという一〇五回の各道路交通法違反の事実であるところ、原判決は、本件は、第一種普通免許を有するのみで、第二種のそれを有しない被告人が、タクシー会社に運転手として雇われ、その事業用普通乗用自動車を運転した場合で、一種の営業的犯罪であるから、このような場合には、その雇われ先きがいずれであつたかということが重要な意味を持ち、雇われ先きの会社毎に各包括して一つの罪を構成するものと解すべきところ、別表1ないし49の運転は、被告人が主として志村タクシー株式会社の日雇運転手および同会社の常傭運転手としてなしたものであるから、包括して一罪を構成するが、被告人は、昭和四三年一〇月一一日東京地方裁判所で有印公文書偽造、同行使、道路交通法違反の罪により懲役一年二月、執行猶予三年に処せられ、該裁判は同月二六日確定しており、右の裁判における道路交通法違反の罪とは、被告人が、公安委員会の運転免許を受けないので、昭和四二年九月一七日午前一一時四分頃、東京都荒川区南千住三丁目一三番地先き道路で、営業用普通乗用自動車(足立五え四七八〇号)を運転したという事実であつて、別表1ないし49とは包括一罪の関係にあるので、該罪については既に確定裁判があつたものとして、刑事訴訟法第三三七条第一号により、これを免訴し、その余の部分は、被告人が改進相互タクシー有限会社の常傭運転手としてなした運転行為であるとして、これを包括一罪とみたうえ、これのみを有罪としているけれども、道路交通法が道路の危険を防止し、その他交通の安全と円滑とを図ることを以つて同法の基本的な目的としている(同法第一条)ことからすると、本件のような無免許運転は正にその一回一回の運転を各処罰の対象とすべきものであり、これと異る見地に出た原判決は、罪数を誤り、一罪の範囲を不当に拡張し、刑法第四五条前段の適用を遺脱した違法があるというにあり、弁護人らの控訴趣意第一点および同第二点は、本件の場合、被告人は別表1ないし105および既に確定裁判のあつた事実を通じ、無免許運転を継続的に行なおうとする単一意思に基づき、全く同種行為を反覆継続したものであり、会社を変えたからといつて、その意思には何らの変更または更新もなかつたのであるから、本件はすべてを包括一罪とすべきであるのに、原判決がこれを被告人の雇われ先きの会社毎に別表1ないし49および既に確定裁判のあつた事実と別表50ないし105の二群に分ち、前者についてはこれを免訴しながら後者については、既に確定裁判を経た罪との間に刑法第四五条後段の併合罪の関係を認めこれを有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つた違法があると共に、既に確定裁判を経た罪につき、不法に公訴を受理し、再度判決をした違法があるというにある。

そこで、右の当否につき検討するに、問題の核心は、正に道路交通法第一一八条第一項第一号の罪に関する罪数の点にあり、同法第一条が「この法律は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とする。」と規定し、同法第六四条が、何人の無免許運転をも禁止し、同法第一一八条第一項第一号がその違反に対し相当な刑罰を以つて臨んでいることからすると、無免許運転を反覆継続しこれを生活の資を得るための手段としてなす者のあろうことなどは、法の毫もこれを予想していないところというべきである。従つて、無免許運転という事実がある限り、それは既に一個の犯罪であり、それが唯だ一度限りのいわば一過性のものであると、長期間に亘つて反覆継続された行為の一環としてなされたにほかならないものであるとの如きはこれを問わないものといわなければならない。唯だ、運転は人の操作による車輛の場所的な移転であり、そこには当然或る程度の時間の経過を伴い、その開始から終了までが一個の運転行為であるが(最高裁判所昭和三一年一一月二九日第一小法廷判決・集一〇巻一一号一五七〇頁を参照。)、何を以つて一個の運転行為とみるかは結局社会通念によつて決するのほかはない(広島高等裁判所昭和四一年四月一四日判決・集一九巻三号二九六頁参照。)。これを本件についてみると、別表1ないし105記載の各運転は、その日時および場所従つてその走行キロ数を異にし、またその車輛も区々であつて、被告人が出庫してから入庫するまでの各別の運転であることが明らかでありこの出庫から入庫までの運転は同一機会に継続してなされた一個の行為と認めるのを相当とするから本件では、少くともこの別表記載の各欄毎にそれぞれ無免許運転ないし免許外運転の各一罪が成立するものと解するのを相当とし、被告人において、当初から生活費を得るため、免許のないままないしは免許外の運転を継続する意思を持つていたとしても、これらすべての無免許ないし免許外運転行為を包括して一罪とみることはできないものといわなければならない。

してみれば、検察官の論旨は理由があり、弁護人らの論旨はいずれもその前提において失当で、採用できないことが明らかである。結局、原判決には、検察官のいうような法令の解釈適用を誤つた違法があるに帰し、この違法が判決に影響を及ぼすことは、ここに更めていうまでもない、そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更らに自ら判決をすることにする。

三自判

(罪となるべき事実)

被告人は、公安委員会から、営業用普通乗用自動車を運転するに必要な運転免許を受けないで、別表記載のとおり、昭和四二年五月七日午前一〇時頃より同四三年四月二九日午後一〇時頃までの間、前後一〇五回に亘り、東京都足立区青井一丁目一六番三号所在の志村タクシー株式会社足立営業所附近道路(同表1ないし49)および同区中央本町四丁目一三番所在の改進相互タクシー有限会社附近道路(同表50ないし105)から東京都内一円等で、右各会社所属の事業用普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目省略)

(確定裁判)

被告人は、昭和四三年一〇月一一日東京地方裁判所において、有印公文書偽造、同行使、道路交通法違反の罪により懲役一年二月、執行猶予三年に処せられ、該裁判は同月二六日確定したものであつて、この事実は、検察事務官の被告人に対する前科調書の記載によつて、明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に該当するところ、右は前示の確定裁判を経た罪と刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により、未だ裁判を経ない右各罪につき更らに裁判をすべく、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、所定刑中各懲役刑を選択したうえ、刑法第四七条本文、第一〇条により、犯情が最も重いと認められる別表28の罪につき定められた刑に法定の加重をし、被告人に取つて有利不利な一切の事情を考慮して、その刑期範囲内で、被告人を懲役六月に処し、諸般の情状を考えて、刑法第二五条第一項により、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を更らに猶予すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。(江碕太郎 竜岡資久 藤野英一)

〈別紙省略〉

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